エンタメクラブ   Act.6:君は太陽

「出るんだよ……。いじめを苦に自殺した男子生徒の霊が。あんたみたいに放課後課題のために残ってたんだけど、いじめてた生徒が鍵を掛けちゃったんだって。もうずっといじめられてきた彼は、翌日、自殺してたのを見つけられたって……」

「まったくもー。冗談ばっかり言うんだから」
 被服室で、少女は友人に教えられた怖い話を思い出すと、文句を垂れた。
「だいたい、そんなことあるわけないじゃない。だって――」
 ふと顔を上げ、時計を見る。気付けば下校時刻などとうに回っており、窓の外にも暗闇が広がっている。
 片付けを始めた次の瞬間、部屋が揺れ、電気も消えてしまった。
「地震……やだ……!」
 急いで部屋を出ようとした。が、揺れはけっこう激しい。
 これは慌てて外に出るのは得策ではないかもしれない。少女はテーブルの下へと身を潜めた。
 揺れはしばらく続いた。
 ……ようやく地震が収まった。電気が戻る。
 テーブルの下から這い出ると、辺りは大変なことになっていた。
「うっわー! ちっちゃい棚とか倒れてるし! なにもうこれどうしたらいいのさー!」
 とにかく外に出ようと扉に手を掛ける――が、開かない。どうやら地震で扉が歪んでしまったか、なにか引っ掛かりでもしてしまったか……。
 少女は溜め息を吐いた。
「……お祖父ちゃんに電話しよう……」
 辺りを見回しつつ、少女は携帯電話のボタンを押す。
「――まぁ、いいか。どうせもう、特別教室棟が完成して使わなくなる部屋だし。あっ。もしもし、お祖父ちゃん。大変だよ――」

「――……というわけなのさ」
「よく、わかりませんが」
 神妙な顔で説明する着ぐるみ理事長に、私は冷たく返す。
「ひ、酷いよ! せっかくちゃんと説明したのに!」
「だから、どういうことなんですか!?」
「少女は死んでなかったってことなの?」
 私の代わりに宵ちゃんがそう尋ねる。
「そうだよ。ていうか、そもそも、誰も死んでないよ」
「へ?」
 着ぐるみ理事長の言葉に、おもわずまぬけな声を漏らす。
「だってさ、考えてもみなよ。不思議じゃない? 今流れている噂は少女のことだけしかない。その前に出るって言われているいじめられっこの詳しい話なんてまったくないんだよ。おかしいと思わない?」
「そ、そう言われてみれば、たしかに……」
 あすちゃんが驚いたように言う。
 そう言われてみれば、そうかもしれない。そもそも私はその噂すらこの間聞いたばかりだけど。
「うん、だからね。そんなのはなかったんだよ。実際、地震に遭った少女はいたけど、その少女が聞かされた『出る』って話は友人の嘘っぱち。それに、少女は地震に遭ったけど死んでないし、普通に祖父に電話して助かってるの。だいたい、実際に男子生徒が自殺したなんて話があったのなら、少女が知らないわけがない」
 ――さっきから不思議だ。少女のことを詳しく知り過ぎているような。というよりも、まるで、これは……。
「それって――」その気持ちをすべて含めて、私は尋ねた。「なんで?」
「だって、その少女って、私のことだし」
「えぇ――――――――っ!?」
「はぁ――――――――――――!?」
「え、えぇ!?」
「マジ!?」
「なにぃ――――――ッ!?」
 各々驚きの言葉をあげる。
 ――えぇっと、それ、やっぱりそうだったんだ!? そういうことだったんだ!?
「地震で棚倒れちゃったりなんかもう大変なことになっちゃって。当時理事長だったお祖父ちゃんに助け求めたよー。どうせこの部屋は使わなくなる部屋だった。生徒が増え過ぎて教室が足りなくなってね、慌てて特別教室棟を作ってたんだけど、そこに被服室も作るから。この部屋は遠かったし、教室は特別教室棟に移る予定のほかの部屋で足りるし、もともと倉庫にでもするつもりだったんだ。まぁタイミングは良かったよ」
「そっか……。それで、この部屋は使われなくなったんだ。別に人が死んだからってわけじゃなかったんだ……」
「そうなのさ、あすちゃん。小さめの棚とかも倒れちゃったし、ほかにもいろいろ壊れちゃったからねー。ちょっと急ぎで特別教室棟のほうに移ってもらったよ」
「んだよ、びっくりさせやがって! いきなりドッキリ手伝わされたけど詳しく聞いてなかったから、ちょっとびびっちまったじゃねーか」
 ――なんだ、松も詳しいことは知らずに手伝っていたのか。ということは、茜さんも知らなかったのかな。
「なるほど。そういう事情だったんですね」
 納得したように、茜さんも頷いていた。
 ――華藤さんはどこまで知っていたんだろう?
「というわけで。季ちゃん、納得した?」
 ――あれ? 華藤さんも詳しいことは知らなかったのか。
「うん、そうねぇ。納得したよ。わかった。入部するよぉ」華藤さんが言う。「とりあえず、誰も死んでないってことだけは先に教えてもらえたのはよかったよぉ」
 つまり、やっぱり華藤さんは死んでないってことだけは聞いていて、ドッキリの仕掛け人をさせられていたんだね。
 ――って、やった! これでノルマ達成!? 一気に部活メンバーも増えたし。まだやることはこれと言って思い浮かんでないけど……でも、これだけ人がいるんだから、いろいろできそうな気もする。
 そう考えてみたら、少し楽しくなってきてしまった。
「おかげで、面白いものいっぱい見れたしねぇ♪」
 今度はそう言って、華藤さんはにやにや意地の悪い笑みを浮かべてこちらを見ていた。
 楽しくなってきていた気持ちが、一気に急降下した。
 ――うぅ……。もしかしたら、やっかいな子を引き込んじゃったのかもー……。ていうか、なんでこの子はメガネ外すとこんなキャラになるんだ。今度本人に訊いてみようかな……。
 あぁ、でも――
 私はちらりと森のほうを振り返った。
 一瞬目が合ってしまい、慌てて逸らす。
 ――でも、よかった。も、も、森に抱き締め――ごにょごにょ――……着ぐるみ理事長だけには見られなくて、本当によかった。
「しかし、そうとう面白かったみたいだよね! 私も後で監視カメラ見てみるよ! 楽しみだわぁ♪」
「って、なんだって――――――――――――!?」
 さっき華藤さんに驚かされたときよりも大きな声を上げた。
 周りのみんなは目を丸くして見ている。
「ちょ、ちょ、ちょっと、今、なんて言いましたっ!? 着ぐるみ理事長!?」
 着ぐるみ理事長の襟首を掴み前後にぶんぶん振り回す。
 今度はまったく堪えてない様子で、
「えぇー? そりゃみんながどんな様子だったか見たいしぃ。監視カメラだって学校にいくつも設置されてるよー。昨今はいろいろ危険ですからー」
「忍び込むとか言いつつ、セキュリティ切ってたり、監視カメラにばっちり映ってたり、どの辺が忍び込むだったんですか、コレ――――!」
「実際に、学校に内緒でそんなことできないよー。それに理事長ですしぃ? ちゃんと許可貰ったし、監視カメラもばっちり見せてもらうからー」
「職権濫用だ――――!!」
 抗議する私の声が校舎内に響き渡った。

 ……帰り際、あまりに腹が立ったので、着ぐるみ理事長の背中にそっと使わなかったシールを貼り付けてやった。