グローリ・ワーカ   第18章:もう迷わない

 その光景に誰もが目を奪われ、彼女の行動を止めることも忘れていた。静寂が訪れる。
 それからゆっくりとマニュアは膝から崩れ落ちた。
「お姉ちゃん!!!!」
 我に返ったシリアが叫ぶ。
「……ん…………」
 それになにかが反応した。
 それは――、
「あれ……? わ、私……?」
 マニュアが倒れ、代わりにゆっくりと体を起こしたのはアリスだった。
「――アリス!」
「え?」
 シリアの声に振り返るアリス。
 そして、アリスだけではなく、次々と命を落としたはずの仲間が起き上がる。
「――ん……? あ、ヘイズル……」
「サンド!」
「ぼ、僕……?」
「スーちゃん!! 生きてたの!? よかった……!」
「あ…………。アルト……?」
 ストームもゆっくりと瞼を開いた。アルトの方に顔を向けると、静かに彼女の名を呼んだ。
「――!! ストームっ!」
 胸がいっぱいになる。おもわずアルトはストームに抱きついた。
「ストーム! よかった!! 助けてくれて、ありがとう……!」
「え!? あ! あ、ああ……そ、そんなのは……その……」
 真っ赤になって、しどろもどろに答えるストーム。
 そんな様子を、周りはニヤニヤしながら見ていた。
 その視線にはっと我に返る2人。アルトは慌ててストームを突き飛ばした。
 ゴンッ!!
「ぐはっ!」
 いい音がして、ストームはまたぶっ倒れてしまいましたとさ。
「ああああ!! ご、ごめんストーム――!!!!」
 さっき頭にナイフ突き刺さったばかりなのに、再び頭にダメージを与えるとは……。
「こいつ、さらに頭悪くなっちまうんじゃないか?」
「その前に死んでない? 大丈夫?」
 ヤンとアリスが心配(?)する。
「す、ストームぅ!」
 肩を掴んで揺さぶるアルト。さらにダメージを与えている気がするが。
 そうか、最近某マンガで出た新ジャンル『ボコデレ』ってやつだな?
「違ぁーう! 違いますぅ!」
「っつー……。体痛ぇ……」
 その横で、ニールが目を覚ました。体を押さえながら起き上がる。
 そして、周囲を見回して呟いた。
「――……オレンジ……は……?」
「え?」
 考えてみれば、ストームとアルトがラブコメしてるのになにも言ってこないなんておかしい。
「してませんよっ!」
 それもそのはず、ここにティルの姿はなかったのだ。
「ティー!?」
「ティーちゃん!?」
「オレンジがいない!?」
 慌てる仲間たち。
 トンヌラが言った。
「あのお嬢さんなら、今地下牢で眠ってもらっています」
 その言葉を耳にした瞬間、ニールはトンヌラに詰め寄っていた。
「おい! 無事なのか!?」
 トンヌラはにやりと笑みを浮かべて答えた。
「眠ってもらっているだけですよ。命に別状はありません」
 その笑みがなにを表しているのか気になったが、とりあえず無事だということに、ニールはほっと胸を撫で下ろした。
 それにしても、地下牢――あれだけマニュアにボロボロにされたのに、もう直ってるのですか……。
「――ん? あれ? そういや、ホワイト――」
「えぇ。ティルさんは無事です。しかし、ミリア姫は残念でしたね」
「――え?」
 そのとき、ようやく気付いた。まだ違和感があったことに。
「ホワイト!?」
 それは、横たわって静かに眠っていた。
 ゆっくりとその傍に寄る。
「ホワイト……?」
「ホワイト!?」
「ホワさん!?」
「リーダー!」
「ホワイト!! ちょっと待てよ! どーゆーことだあ!?」
「マニュちゃん……。そう、マニュちゃんが助けてくれたんだ……」
 アルトがぽつりと呟いた。
 おかしいな、この流れもギャグで進めようと思ってたのに。
「おい!」
「アルト! ホワさんが助けてくれたって……?」
 アリスの問いに、涙目で答える。
「死んだみんなを、ホワさんが呪法で蘇らせてくれたの」
「そういえば、なんで助かったのか考えてなかったな……そうか、リーダーが……」
「おい……どういうことだよ? ホワイトがなんだって……? それ……寝てるだけ……だろ?」
 ニールが信じられないといった表情で言葉を吐き出した。
「ホワイトが俺たち蘇らせたって、それがなんでこいつが倒れてることになんだ? ……こいつなら『あーよく寝た』とか言って、またすぐ目覚めそうなもんだけど……」
「…………ホワさん……」
 ヤンがマニュアの隣に屈み込んだ。腕を取って、脈を測る。しかし、彼女の鼓動は伝わってこない。体はまだ少し温かくて、この現実を受け入れることができない。
「…………っ」
 彼は気付いていた、その呪法に大きな代償があったことを。他の仲間たちも薄々気付いてはいるものの、信じられない。信じたくないといったところだろう。
 ここで誰かボケてくれよ……っ!『きれいな顔してるだろ(ry』って! なんだか切ない!
「――おい。なんだよ、これ……っ!」
 ニールの言葉で異変に気付いた。
 マニュアの白い服が、だんだんと赤く染まっていっている。
「きゃああああああああっ!!」
 アリスが叫び声を上げる。
 赤い染みはさらに広がって、床にも溢れ出した。――とつぜん、体のあちこちから血が流れ出したのだ。
「ヘ、ヘモグロビンが――――っ!」
 妙な叫び声を上げるアルト。
「ア、アルト、落ち着けっ!」
「ぎゃああああああ! こ、これは怖いよ!」
「なんだこのホラー!?」
「こええええええええ!!!!」
 みんな、蜘蛛の子を散らすように逃げる。いや、むしろ蜘蛛の子を散らしたらその周りにいた人間が驚いて逃げたみたいな。
「よくわからない表現してる場合か! なんだこれ!?」
 ヤンが怒る……。
 青い顔をしてマニュアを覗き込んでいたストームが、ふと気付いてつぶやいた。
「この頭の怪我――俺が怪我してたのと同じ場所……って、そういえば、俺の怪我は?」
 頭を触ってみる。だが、手には乾いた血がついていたくらいだ、他にはなにもなかった。怪我の跡さえ残っていない。
「これって……」
「――つまり、そういうことか」
「? どーいうこと?」
 1人納得した顔をするヤンに、アリスが尋ねた。
 ヤンはみんなを見て説明を始める。
「つまり――俺達が死んで、リーダーがそれを呪法を使って蘇らせた。呪法の中身は、俺達が死んだ原因である怪我を代わりに自分がすべて引き受けるものだったってことだ」
「――つまり?」
 ストームが首を傾げた。
「なんでわからない!? おまえはアホの子か!! あー……だから、俺達の代わりにリーダーが――死んだってことだ」
「そうよ! ミリアはあんたたちの身代わりになって死んだのよ!」
 そう声を上げて会話に割って入ってきたのはミンミンだった。
 トンヌラも明らかに怒っている表情で吐き捨てるように言った。
「チッ……。おめでたいものですね。仲間が死んでもその程度ですか。そもそもミリア姫は魔族ですから、あなた方にとってはその程度でも仕方のないことかもしれませんね。ミリア姫――自らの命をこいつら賭けるほどの価値はあったのか。はなはだ疑問です。あぁ、しかし、これでは困ってしまいます……」
(困るって……)
 マニュアをどうするつもりだったのか、そもそもシリアはマニュアを殺すつもりではなかったのか? それぞれに様々な疑問がよぎるが、訊いたところで答えるわけもないだろう。それを知る術はない。
「あんたたちのせいで……」
 複雑そうな表情を浮かべるミンミン。
「でも、それって、私たちを殺したあなたたちのせいっていう考え方も……」
 アルトの攻撃(ツッコミ)。
「あー。この人たちが私たちを殺さなければ、ホワさんも死ななくて済んだもんね」
 アリスも加勢をする。
「「うっ……」」
 反応したのはミンミンだけではなかった。
「え? シリアちゃんも?」
 シリアが固まる。
 そして視線を落とすと、とつぜん吼えるように声を上げた。
「私が――……そうよ! 私がすべて悪いのよ! お姉ちゃんを追い詰めたのは私よ!」