グローリ・ワーカ 第18章:もう迷わない
「おまえなら、私らの意志を継いでくれるな? シリア……」
「お父さん……?」
ミリアが魔界から姿を消して、父は代わりにシリアに魔族としての意志を継がせることを決意した。
そうして、シリアはある部屋へ押し込められ、そこに篭っての生活が始まった。
これは前々からもやっていたことだが、剣術や呪法の勉強を何時間もさせられた。さらに今度は、いかに人間が魔族にとって都合の悪い存在か延々と説かれる。しかしそれくらいならまだよかった。
そんな生活が続いて精神が少しおかしくなり始めていた頃。
「――こいつらを、殺せ」
「え?」
父が人間達を何人か連れてきて、そう言った。
人間達は震え、しかし目には狂気を宿して、手に剣を持っていた。
「こいつらを殺すんだ。そうでなければ、おまえが殺されるぞ」
「え? なんで? どういうこと!? や、やだ! そんなことできないもん!」
シリアは必死に訴える。しかし、父は冷たい目で彼女を見下ろした。
「戦いは生きるか死ぬかだ。こいつらは魔物に捕らえられた人間だが、おまえを殺せれば無事に帰してやることを約束している。本気でいかないとおまえが死ぬぞ」
無慈悲にもそう言い放つ。
「そ、そんな!」
「魔族として、私の娘として、頑張るんだ。おまえの成長を楽しみにしているぞ」
とても感情のこもっているとは思えない声でそう告げると、父はそのまま部屋を出て行った。
「!! お父さんっ!!」
父の出て行った扉を叩く。しかし、扉は外側から鍵が掛けられていて開かず、また、父が開けてくれることもなかった。
「はぁはぁ……。お、おまえを……殺せば……はぁ……お、俺たちは、生き延びられるんだ……っ!」
「……死ねぇッ!」
人間が剣を構えて襲い掛かってくる。
「い、いやああああああああああ!!!!」
シリアの叫び声が城に響き渡った。
そうして――。
自分の血と返り血とが混ざり合って体中を真っ赤に染めて、部屋には血の臭いと死の臭いが充満して、そんな中シリアは生を掴み取った。
もう、心は完全に壊されていた。
(――オ姉チャン…………)
どこにもいない姉に心の中で語りかける。
(オ姉チャン。私、オ姉チャンノセイデ、コンナニナッチャッタヨ。デモ、モシモ帰ッテキタラ、ソシタラ、魔族トシテ一緒ニ暮ラソウ? ソウジャナイナラ、オ姉チャンナンテイラナイヨネ? オ姉チャン――お姉ちゃん……。キライ。ダイキライ。すき。キライ。スキ。きらい。すき。ダイすキ)
「――……お姉ちゃんは、私を置いて1人魔界から逃げたの。ずっと待ってたけど、帰ってこなかった。そして、私は1人――人間を憎むように育てられた、お姉ちゃんの分まで。もちろん、恨んだし、今でも憎い――けど、それでも」
そんな話をして、ふと思い出す。
それは、亡くなった母のこと――。
母が亡くなる少し前だった。
「ミリア。シリア……」
「なーに? お母さん?」
2人の子供――幼い頃のミリアとシリアが、ベッドがら上半身を起こした母に近寄った。
「2人とも、お母さんのお話、聞いてくれる?」
「「うん!」」
2人はお互いの顔を見合わせたあと、元気にうなずいた。
シリアが母に手を伸ばす。
母はそれを弱々しく握ると、話し始めた。
「2人は、人間のこと、どう思ってる?」
とつぜんの質問に、ちょっと困ったような顔をする2人。
シリアは言った。
「うーん……。好きじゃない。だって、お母しゃんとお父しゃんがその話して、ケンカしてるの……」
寂しそうな顔で言う。
「そうね……。ごめんなさい」
母も悲しそうな顔をして謝った。
そこへ、ミリアが元気よく声を上げた。
「ミリアは好きだよー! だってね、お友達いるもん!」
母が微笑む。
「そう。シリアは覚えてないかもしれないけど、1度一緒に行ったものね。お父さんには内緒で」
「うん!」
母の言葉に笑顔で頷くマニュア。シリアは「?」を浮かべて、
「えー。知らないよぉ」
そう言ってふくれた。
「ふふ。覚えてなくても無理ないわ。まだシリアはとても幼かったものね。――何年か前、人間界で大きなお祭りがあってね、そこへお母さんとミリア、そしてシリア、3人で行ったのよ。その時はミリアが迷子になっちゃって大変だったわね」
「ま、迷子じゃないもん!」
ミリアが慌てて否定する。
その様子がかわいくて、母はくすりと笑った。
「はいはい。じゃあ、そういうことにしておきましょうか」
「違うもーん! それに、お友達できたもん! 一緒だったもん!」
「そうね。お友達いっぱいできてたわね。人間は素敵で、人間界はいいところだって、わかったでしょ?」
「うん!」
「わかんないよー……」
ふくれたままのシリア。
「シリアもきっといつかわかるわ。それで、1つ約束してほしいの」
「――約束?」
シリアが首を傾げる。
母はシリアの小さな手を握り直すと、その手にぎゅっと力をこめた。
「人間界を――人間を守ってあげて」
「うん!!」
元気よく頷くミリア。
しかし、シリアはふくれたままだ。
「――シリア?」
母がシリアの顔を覗き込む。シリアは怒っているような泣いているような、そんな顔で言う。
「お母しゃん……シリアと人間、どっちが好きなの?」
顔が少し赤いのは、ふてくされながらも照れているのか。
母は一瞬驚いた表情をして、そらから微笑んで2人を力いっぱい抱き締めた。
「もちろん、シリアとミリアが1番大好きよ。それから人間も、もちろん魔族も好きよ」
2人も笑顔になって母を抱き締め返す。
シリアが言った。
「じゃあ、約束する。人間守るよ」
「偉いわ、シリア」
「お母さん! ミリアは!?」
「もちろんミリアも偉いわよ」
穏やかな空気に包まれた部屋で、3人は幸せだった。
(約束するよ……。お母しゃん。人間を守るから……絶対……。)
人間を守る――それは、お母さんとの、約束。
「――お姉ちゃんは、お母さんとの約束を守ってたの。私、忘れてた。……ううん、忘れてたんじゃない。思い出さないようにしてた。家族がいて、幸せだった頃の生活を思い出すのが、怖かったの」
シリアが震える声で言った。いつの間にか目からは大粒の涙が零れていた。
「お姉ちゃんは、魔界を出て、そして人間界を救うために戻ってきたの。お姉ちゃんはお母さんとの約束を果たそうとして、でも、家族3人で頑張るって言った約束……破ったんだもん……」
しゃくり上げながらそう言って、とうとうシリアは声を上げて泣き出してしまった。
「シリア!」
驚いたティルがシリアをなだめる。
シリアは泣きながら続けた。
「お姉ちゃんが出てって、私とお父さんのとこ、戻ってこないなら、殺しちゃおうと思った。やっと、お姉ちゃんを見つけて……やっぱり、お姉ちゃんは、人間の味方で……でも、どうしても、殺せなかった。あれでも、たった1人の、お姉ちゃんだから……っ!」
そう訴える。訴え続ける。
「だからっ……! お姉ちゃんを、助けるの……!」
何度も迷った。姉を殺そうとして、殺せなくて助けて、でもやっぱり父の期待も裏切れなくて、憎しみもまだすべては消えなくて――。
けれど、もう迷わない。
必ず姉を助けてみせる。
「おまえなら、私らの意志を継いでくれるな? シリア……」
「お父さん……?」
ミリアが魔界から姿を消して、父は代わりにシリアに魔族としての意志を継がせることを決意した。
そうして、シリアはある部屋へ押し込められ、そこに篭っての生活が始まった。
これは前々からもやっていたことだが、剣術や呪法の勉強を何時間もさせられた。さらに今度は、いかに人間が魔族にとって都合の悪い存在か延々と説かれる。しかしそれくらいならまだよかった。
そんな生活が続いて精神が少しおかしくなり始めていた頃。
「――こいつらを、殺せ」
「え?」
父が人間達を何人か連れてきて、そう言った。
人間達は震え、しかし目には狂気を宿して、手に剣を持っていた。
「こいつらを殺すんだ。そうでなければ、おまえが殺されるぞ」
「え? なんで? どういうこと!? や、やだ! そんなことできないもん!」
シリアは必死に訴える。しかし、父は冷たい目で彼女を見下ろした。
「戦いは生きるか死ぬかだ。こいつらは魔物に捕らえられた人間だが、おまえを殺せれば無事に帰してやることを約束している。本気でいかないとおまえが死ぬぞ」
無慈悲にもそう言い放つ。
「そ、そんな!」
「魔族として、私の娘として、頑張るんだ。おまえの成長を楽しみにしているぞ」
とても感情のこもっているとは思えない声でそう告げると、父はそのまま部屋を出て行った。
「!! お父さんっ!!」
父の出て行った扉を叩く。しかし、扉は外側から鍵が掛けられていて開かず、また、父が開けてくれることもなかった。
「はぁはぁ……。お、おまえを……殺せば……はぁ……お、俺たちは、生き延びられるんだ……っ!」
「……死ねぇッ!」
人間が剣を構えて襲い掛かってくる。
「い、いやああああああああああ!!!!」
シリアの叫び声が城に響き渡った。
そうして――。
自分の血と返り血とが混ざり合って体中を真っ赤に染めて、部屋には血の臭いと死の臭いが充満して、そんな中シリアは生を掴み取った。
もう、心は完全に壊されていた。
(――オ姉チャン…………)
どこにもいない姉に心の中で語りかける。
(オ姉チャン。私、オ姉チャンノセイデ、コンナニナッチャッタヨ。デモ、モシモ帰ッテキタラ、ソシタラ、魔族トシテ一緒ニ暮ラソウ? ソウジャナイナラ、オ姉チャンナンテイラナイヨネ? オ姉チャン――お姉ちゃん……。キライ。ダイキライ。すき。キライ。スキ。きらい。すき。ダイすキ)
「――……お姉ちゃんは、私を置いて1人魔界から逃げたの。ずっと待ってたけど、帰ってこなかった。そして、私は1人――人間を憎むように育てられた、お姉ちゃんの分まで。もちろん、恨んだし、今でも憎い――けど、それでも」
そんな話をして、ふと思い出す。
それは、亡くなった母のこと――。
母が亡くなる少し前だった。
「ミリア。シリア……」
「なーに? お母さん?」
2人の子供――幼い頃のミリアとシリアが、ベッドがら上半身を起こした母に近寄った。
「2人とも、お母さんのお話、聞いてくれる?」
「「うん!」」
2人はお互いの顔を見合わせたあと、元気にうなずいた。
シリアが母に手を伸ばす。
母はそれを弱々しく握ると、話し始めた。
「2人は、人間のこと、どう思ってる?」
とつぜんの質問に、ちょっと困ったような顔をする2人。
シリアは言った。
「うーん……。好きじゃない。だって、お母しゃんとお父しゃんがその話して、ケンカしてるの……」
寂しそうな顔で言う。
「そうね……。ごめんなさい」
母も悲しそうな顔をして謝った。
そこへ、ミリアが元気よく声を上げた。
「ミリアは好きだよー! だってね、お友達いるもん!」
母が微笑む。
「そう。シリアは覚えてないかもしれないけど、1度一緒に行ったものね。お父さんには内緒で」
「うん!」
母の言葉に笑顔で頷くマニュア。シリアは「?」を浮かべて、
「えー。知らないよぉ」
そう言ってふくれた。
「ふふ。覚えてなくても無理ないわ。まだシリアはとても幼かったものね。――何年か前、人間界で大きなお祭りがあってね、そこへお母さんとミリア、そしてシリア、3人で行ったのよ。その時はミリアが迷子になっちゃって大変だったわね」
「ま、迷子じゃないもん!」
ミリアが慌てて否定する。
その様子がかわいくて、母はくすりと笑った。
「はいはい。じゃあ、そういうことにしておきましょうか」
「違うもーん! それに、お友達できたもん! 一緒だったもん!」
「そうね。お友達いっぱいできてたわね。人間は素敵で、人間界はいいところだって、わかったでしょ?」
「うん!」
「わかんないよー……」
ふくれたままのシリア。
「シリアもきっといつかわかるわ。それで、1つ約束してほしいの」
「――約束?」
シリアが首を傾げる。
母はシリアの小さな手を握り直すと、その手にぎゅっと力をこめた。
「人間界を――人間を守ってあげて」
「うん!!」
元気よく頷くミリア。
しかし、シリアはふくれたままだ。
「――シリア?」
母がシリアの顔を覗き込む。シリアは怒っているような泣いているような、そんな顔で言う。
「お母しゃん……シリアと人間、どっちが好きなの?」
顔が少し赤いのは、ふてくされながらも照れているのか。
母は一瞬驚いた表情をして、そらから微笑んで2人を力いっぱい抱き締めた。
「もちろん、シリアとミリアが1番大好きよ。それから人間も、もちろん魔族も好きよ」
2人も笑顔になって母を抱き締め返す。
シリアが言った。
「じゃあ、約束する。人間守るよ」
「偉いわ、シリア」
「お母さん! ミリアは!?」
「もちろんミリアも偉いわよ」
穏やかな空気に包まれた部屋で、3人は幸せだった。
(約束するよ……。お母しゃん。人間を守るから……絶対……。)
人間を守る――それは、お母さんとの、約束。
「――お姉ちゃんは、お母さんとの約束を守ってたの。私、忘れてた。……ううん、忘れてたんじゃない。思い出さないようにしてた。家族がいて、幸せだった頃の生活を思い出すのが、怖かったの」
シリアが震える声で言った。いつの間にか目からは大粒の涙が零れていた。
「お姉ちゃんは、魔界を出て、そして人間界を救うために戻ってきたの。お姉ちゃんはお母さんとの約束を果たそうとして、でも、家族3人で頑張るって言った約束……破ったんだもん……」
しゃくり上げながらそう言って、とうとうシリアは声を上げて泣き出してしまった。
「シリア!」
驚いたティルがシリアをなだめる。
シリアは泣きながら続けた。
「お姉ちゃんが出てって、私とお父さんのとこ、戻ってこないなら、殺しちゃおうと思った。やっと、お姉ちゃんを見つけて……やっぱり、お姉ちゃんは、人間の味方で……でも、どうしても、殺せなかった。あれでも、たった1人の、お姉ちゃんだから……っ!」
そう訴える。訴え続ける。
「だからっ……! お姉ちゃんを、助けるの……!」
何度も迷った。姉を殺そうとして、殺せなくて助けて、でもやっぱり父の期待も裏切れなくて、憎しみもまだすべては消えなくて――。
けれど、もう迷わない。
必ず姉を助けてみせる。