１本のくだらない電話

　携帯電話を開いて、時間を確認した。
　あぁ、もう深夜だな。今日もこんな時間になってしまった……。
　それは日付が変わってしまった頃。俺は電車の窓から外に視線をやって、闇色に染まった空を見上げていた。仕事が終わり終電に揺られて家に帰る。
　今日、何か変わった事があったかと聞かれても、答えは決まっている「何もない」
　毎日この繰り返し。特に変わった出来事があるはずもなく――相変わらず、疲れる毎日だ。ただ、朝起きて、仕事をして、そして家に帰って、眠るだけ。
　小さな溜息を１つついた。
　しばらくして駅に着き、改札を通り抜けようとして気付く。
　……定期落とした……。
　思わずどっと肩を落として呟いた。

「……ついてねぇ……」

　まったく最悪だ。
　毎日、楽しいと思える事もなく、何の為に生きてるのかさえ本当にわからない。
　楽しいってなんだった？
　そんなことが頭をよぎった瞬間、ふと昔を思い出しかけて、慌てて首を左右に振った。
　昔なんてどうでもいい。家へ帰ろう。

　やっとの思いで家に辿り着くと、すぐさまベッドに倒れ込んだ。
　このまま眠って、きっと、また朝がやって来る。そんな生活にも慣れた。
　これが俺に見合った、当然の生活。

　そうしてやはりいつの間にか眠っていたところを、突然、携帯電話が鳴る音に起こされた。
　それは、いつもと違う出来事。

「なん……っだよ、一体……こんな時間…………」

　携帯電話に手を伸ばした。誰からか確認もせず、通話ボタンを押した。
　――電話の向こうから聞こえたのは、まさかの声。

「元気？」

「――…………っ!?」

　驚いて声が出なかった。
　大切だった――大切な、人。

「ごめんね、急に。ちょっと声が聞きたくなって……」

　とりあえず、俺は、なんとか「うん」と一言うなずいた。

　なんてことはない。他愛のない会話。電話をかけてきたのだって、くだらない理由だろう。
　けれど、それでも――。

　なんてことのない話は終わり、通話を切った。
　毛布を被って、目をつむった。

　言葉にならない気持ちが、心の中で渦を巻く。
　１日の終わりに、くだらない日常をぶち壊すような、たった１本のくだらない電話。
　きっと明日になれば、君は俺に電話をしたことすら忘れるんだろう。
　それでも、それは俺にとってとても大事なことだったんだと。君は思いもよらないだろう？
　そう、俺はあの日から止まったままで、歩き出せずにいた。そのまま心は凍って、同じ時を繰り返しているように感じていた。
　そんな、いつものなにもなかったり、ついていなかったりする日常を、こんな風にいとも簡単に変えてくれた。
　別段、なにか始まったわけではない。昔に戻ったわけでもない。
　でも、俺にはこれだけで充分だった。

　また朝を迎えて目を開ければいつもの日常。
　――いや、きっと、いつもと少しだけ違う日常が待っている。
　俺の時は、今、動き出したばかりなのだから。

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　真剣に、Short Storyかチラシの裏の束かで迷った。雰囲気的にはチラシ〜だろうけど、そこまで抽象的でもない（？）気がして、こっちにしてみました。
　これは、昔のサイト『秘密小空間』にアップしていた『携帯電話』という短編を少し改変したものです。
　本当は『くだらない電話のなんてことのない話』というタイトルにしようとしましたが、やっぱり長すぎたので、こんなもんになってしまいました……ぶっちゃけ微妙みたいな！
　ちなみに、これ、元ネタあります……わかる人にはわかるでしょうが、某歌を元にしてます。元の短編ではあえてそのままにしてましたが、今回は内容少しだけ変えてます。あえて！
　まぁそんなこんなで――今月中にアップできないかと思いました……あぁ焦った……。本当はもっとちゃんとした短編アップ予定でしたが、間に合うはずもありませんでー！　今度そちらもアップします。
　ていうか、長編シリーズ……マジでスランプやばいなこれ……。頑張れ、頑張れ自分。
　あ。Short Storyにあった『桜咲く景色』をタイトル少し変更して誰かの一文字へと移動しました。なんとなく。ご報告。