いつからそうなってしまったんだろう――?
 音が、怖かった……。


 1人の少女が建物の屋上で、ぼんやりと空を眺めていた。
 青く広い空。傾き掛けた陽。
 遠くからは風の音や木々のざわめく音、車の音や人々の活気のある声が聴こえてくる。
 そんな色々な音を聴いて、少女は小さく微笑んだ。
 と、そこへ。

「こんな所で何やってるんですか!? もう時間ですよ!?」

 大きな声を上げて1人の少女が彼女の元へと駆けてきた。
 その表情はどうやら怒っているようだ。
 そんな少女の様子を見て、彼女は再びくすっと笑った。

「な、何、笑ってるんですか!? というよりも、こんな所で何をやっていたんですか!?」

 少女がまた声を上げる。
 彼女は視線を空へとやって、答えた。

「音をね、聴いてたんだよ」
「――音?」


 いつだったかな……? 音に怯えるようになっていたのは。
 ――声が、聴こえてくる気がして。
 聴きたくないものまで聴こえる気がして。

 只最初は、誰も傷付けたくないだけだった。
 相手のことを考え過ぎて。
 相手の顔色ばかり窺って。
 相手が何を思っているのか。そればかり考えていた。
 そして、そのうちに。
 ちょっとした表情や言葉や、声のトーンの変化で、相手の心が……今の気持ちや考えていることが何と無く判るようになった。
 ――それくらいのうちは、まだ良かった。
 それは、暫くすると、声となって耳に届くようになっていた。
 相手の穏やかな気持ちや乱れた気持ち、痛いくらいに悲しい気持ちまで……それが、声となって訴えてくる。

 ――音が、怖い。

 そう、思った。
 風の音も木々のざわめきすらも、全てが訴えかける声に聴こえて――。
 何も聴こえないように、と、耳を塞いだ。
 相手の顔を見るのさえも怖くなった。
 妙な出で立ちで、顔があまり見えないように隠した。
 その日もベッドの上にうつ伏せに寝転がって、枕に顔を埋めた。

 何も見たくない。何も……聴きたくない。

 その時。

 〜♪〜♪〜

 風に乗って、耳に届いてきた。
 ――リコーダーの音だった。
 決して上手いとは言えなかったものの……綺麗な音だった。
 思わず。ベランダに飛び出して、身を乗り出した。
 見下ろした場所では、1人の少女が必死にリコーダーを練習していた。
 流れてくる音や気持ち……。
 温かい想いが、リコーダーの音色には篭っていた。

 ――ああ、世界には、こんなに綺麗な音も存在しているんだ――。

 当たり前のことだったけれど、そう思った。
 当たり前のはずなのに、耳を塞いたから、今まで気付けなかった優しい音。

 それから。
 人の心の声を聴くのも、それほど恐ろしくなくなった。
 心の声は、醜かったりもするけれど、温かい声も確かに存在しているから。


「音をね、聴いてたんだよ。
 ――みんなが存在している証だからね」
「……?
 って、それよりも! ほら! もう時間なんですから!」

 少女が慌てて彼女の腕を引っ張る。
 音を恐れていた少女は、もう恐れない。君の声が聴こえるのも……。

「今日はいいことでもあったんだ? 喜んでる声が聴こえるナァ」
「……あなたはっ……また人の心を読むんですから……! ああ! それよりも時間!」

 心を読まれたことよりも、少女は時間を気にしているようだ。
 彼女には、それが何だか温かい。
 また小さく微笑んで、少女には聴こえないくらいの声で呟いた。

「またリコーダー、聴かせてね」




 前のサイトでもアップしていた作品。微修正。
 どれかのストーリーのどれかのキャラクターなわけですが、こいつもアップしてねぇ!
 前のサイトでは人気のあった小説のキャラクターです。そのうちアップすっかねぇ。
 しかし、どれもまぁ古いな……6年くらい(?)前に書いたものですよ。
 さて、例によって↓に反転で(以下略)

エンタメクラブ 龍神絵夢

――――2008/02/24 川柳えむ