どうしてもそこにないものがあった。
 生きるために必要なこころ。
 人は何か支え無しには生きられずに、それを何も感じ取れなくなっていた。





  唯一の救いを





 ぽつり、ぽつりと、落とすように、彼女は呟いた。

「そう……だから、いらないの。私なんて…………」

 何が辛くて、何が悲しかったのか。
 それは、彼女にしかわからない。
 ただ、彼女は、もう抜け殻のような虚無感を覚え、表情からは何の思考も読み取れなかった。

「息が……できないような……海の中に、いるような…………」

 ゆっくりと、言葉を作る。

「ふわりと、漂っている……思考が、自分でも、わからないの……」

 そう言って、目を伏した。
 その目の焦点は定まっておらず、どこを見ているのか……どこか、知らない遠い世界を見ているようだ。



 そう。そういえば、確か……誰かに、必要とされたかっただけなのかもしれない。
 だって、私は、必要じゃなかったから。
 色々試行錯誤していくうちに気付いたんだ。

 ――あぁ、そうだ。もしかしたら、いなくなれば、初めて、誰かに気に掛けてもらえるのかもしれない。

 そう思った。
 だから、彼女は、そんなマネをしたのだろう。
 ただ、誰かに、必要とされたくて――……
 しかしながら、その選択は、なんとも切なく、愚かで、悲しいものだったのだろう。
 間違った答えを出した彼女は、OD……オーバードース、大量の薬剤を一気に飲んだのだ。

 一瞬、遠くへ飛んでいけそうな感覚に陥る。
 ねぇ? あの壁の向こうにある空には、飛べるんでしょ?
 うん。今からなら、きっと、飛んでいける。
 じゃあ行こうよ。飛ぶよ。きっと飛べるよ
 そう……失敗しなければいいよね。

 おかしな間隔に突き動かされ、千鳥足でベランダに出た。
 外はもう深夜。街頭がぽつぽつと僅かにあるだけで、ほとんど真っ暗だ。
 ここから、飛び降りれば……

 飛べるか。死ぬか。

 勿論、人間、飛べるわけなどないのだが、薬剤大量投与のせいで、感覚がおかしくなっていた。

 きっと飛べるよ! 万が一にでも、飛べなかったら……それはそれでいーし。

 誰もそこには止める人などおらず、彼女は、心のままに……
 ……その向こう側へ身を投げ出した。



 それでいて、何かを得るものはあったのだろうか?
 結局、彼女は、それでも誰にも気付かれず――気付いた時には、翌朝、通りがかりの人が救急車を呼んだ――これで、誰かに気にでも掛けてもらえたと言うのだろうか?
 薄れていく景色の中で……彼女は、苦しそうに呟いた。

「ホラ……結局、誰にも必要と、されなくて……でも、それは、尚……死んでからも、同じみたいね…………」

 そして彼女が目覚めた瞬間には、どこからも隔離された部屋にいたのだ。
 精神病棟にでもぶち込まれたのだろうか。
 そこにいた人に、一つ一つ事情を説明していく。――ただし、ちゃんとした文章になっているかは定かではないが。
 確かに、あの日から、何かが壊れた。全てに、もう既に執着はなく。
 彼女が感じたのは、現実、生きていたとしても、「私の心は死んだ」そう思った。

 じゃぁ、ナゼ。他人はこんなにも私を生かそうとするのだろうか。
 ……自分が正義でも気取っていたいのだろうか? まぁ、いい……
 もう、こちらには生きる意志はないし、だからといって、死のうという事も、もうしない。したって無駄なだけだから。
 どうでもよかった、全てが。
 ただ来るべきその日まで、無意味に生かされているようだった。

「だめです。強い……生きていく意志が見当たりません」
「そうか……誰か、本気で支えになってあげられる人でもいたら、別かもしれないんだが……」

 隣で、白衣を着た若い男女が会話をしている。
 鬱陶しく煩わしい、けど、そうでもない。どうでもいい。

 『支え』? いるわけないじゃないか。こんな世界のどこに見付けられるのか、是非教えてほしい。
 大体その全てが夢、幻、ただの人間が抱いた妄想でしかないのに。
 私の支えになってくれる人、私が支えていく人。そんなものは存在しない。これからもずっと。
 もし、何かあるとしたなら、それは、私の中までなど触れられない、器に興味を持った者だけだろう。

 だから――……

「死なないです、から……暫く独りきりに……放っておいてください…………」

 男女は振り返ると、少し困ったような顔を見合わせ、何かを言って出て行った。

 本当は。
 もう何もかも嫌で。
 生きているのも、誰かといるのも、死んだ先で何が起きるのか考えるのも。
 全てを放棄していた。
 突破口など、当然、探す気もなく。
 ただ、時間が過ぎて、日は昇り、落ちた。それを何度か繰り返した。

 白い壁に囲まれた部屋には、時折、白衣を着た人が中に入ってきて、そして、少し話をして、食事と薬を貰って、僅かに寝て、起きて。

 それをどれくらい、繰り返していたのだろう。

 そのまま、そして、死んでいくのだろうか。
 それでもいい。関係無い。何があろうとも、構わない。

 毎日そんな事を考えながら、過ぎていった日々が……
 いつか、変えられるなんて、そんな事、この時はまだ、どんなに思考を巡らせても――巡らそうとも思いはしないが――想像も出来なかったのだから。



 今はまだ、遠くで誰かが祈ることしか出来ない。
 彼女に、たった一つでいい。生きる希望になるもの。
 けれど、気付いていないだけ。きっと――
 それはいつしか来るであろう。

 ――唯一の救いを。




駄文です。えぇ、本当に。支離滅裂というか文章になっていないというか。
これはローカルで個人的に書いていた物語ですが、一応続く話で、第2話まで書いてあります。
それを1話だけ……だとちょっと終わりが切ないので、最後に数行文章を付け加えてみる。バレバレ。
病んでいた時代に書いていただけあって、内容がアレですね。精神死んでた頃が懐かしいね!(ぉぃ


――――2008/02/24 川柳えむ