ジグソーパズル

 涼しげな顔。笑う。
 君の声がカラカラと、心地よい音となって響く。
 出ては消える泡のような気持ちを、夏に丁度いいと購入しておいたスカッシュに見立てて。
 スカッシュを飲み干した。

「抽象的過ぎて、わかりにくいかな?」
 一通り目を通すと、少し間を置いてから部長はそう言った。
「それが味でもあるんだけどね」
 フォローするように付け加えて、苦笑いを浮かべる。
「はい……」
 俯きながら私は答えた。

 夏休みの学校。静かな教室。
 文芸部はそこで、秋に行われる文化祭へと向けて、発行する冊子の制作に取り組んでいた。
 ――といっても、文芸部に所属している生徒は少なく、その中でも毎日部活動に参加しているメンバーといえば、私と部長くらいのものだった。
 今だって、たった二人きりの教室。
 私が答えた後、しばらくの間、沈黙が続いた。
 風と、部長が「少しは涼しくなれるだろ?」と飾った風鈴だけが、ちりんちりんと音を立てていた。

「まるで、パズルみたいだ」
 部長が沈黙を破ってそう言った。
「パズル?」
「そう、ジグソーパズル。君の文章はバラバラのパズルピースを、合いもしない場所に無理やりはめ込んで繋いでいるみたいだ」
 ……バラバラの言葉を、無理やり繋いて……。

 今日の活動が終わり、少し沈んだ気持ちで学校を後にする。
 部長もなかなか辛辣なことを言う。しかし、的確だ。
「パズル……」
 ぽつりと呟いて、私はそのまま雑貨屋へと向かった。
 部長の言っていることが比喩だとは当然分かっているものの、何か答えが見えるんじゃないかと、ジグソーパズルを買ってみようと思った。
 いくつか並べられたジグソーパズルの中から、なんとなく惹かれた絵柄のものを1つ選んで購入する。
 そして、まっすぐ家へ帰ると自室へ直行し、鞄を床に放り投げ、制服も脱がずにそのままで、机の上に先ほど購入したパズルをさっそく散りばめた。
 パズルを繋げて崩して、ようやくぴたりとはまる場所を見つけて。何時間もそれを繰り返して。

 そして、ようやく完成した。

 一息ついて、大きく伸びをしたその時だった。
 気の緩みからか、完成したジグソーパズルに腕が当たってしまい、再びバラバラになってしまった。
 とはいえ、全てがバラバラになったわけではなく、端の方だけだが。
 ――あれ?
 再度はめ直していて一欠片だけパズルピースがないことに気付く。どこに飛ばしてしまったのだろうか?
 探せど探せど見つからず、私はとうとう諦めてベッドに横になった。
 今日部長に駄目出しされた文章を頭の中で練り直す。
 隣とぴったりはまるように……完成した時、それが1枚の絵になるように……パズルのように。
 そう考えながら文章を組み立て直して、そして、そう、まるでパズルのように――ようやく出来上がった。幾分良くなった気がする。
 しかし、それでもまだ何か足りない気もしている。それこそ、一欠片足りていない、このジグソーパズルのように。

 翌日、作り直した文章を部長に見せた。

 二人だけの教室。
 私たちは他愛無い会話をしながら、今度の文化祭へと向けて作業を進めて行く。
 時折、涼しげな顔で彼は笑った。
 それは、暑い夏の間を通り抜けて行く、涼しい風のように。彼のその爽やかな笑い声だけが心地よい音となって響く。
 彼は誰にでも優しく、誰にでもこんな風に笑顔を向ける。
 そんな彼に、私の心は掻き乱されてしまう。言葉に出来ない気持ちが、現れては消える。
 彼のことを見ていられなくなって、机の上に置いたペットボトルに入ったスカッシュの方へと目をやった。ペットボトルの中で、泡が浮かんでは消える。まるで、この私の気持ちのようだ。
 気を紛らわすように、そのスカッシュを飲み干した。
 私の気持ちも全て心の深くまで飲み込んで、もう二度と出てくることがなければ、楽なのかもしれない。
「この文章だけどさ」
 私の書いた文章をチェックしていた彼が、会話ではなく、はっきりと声をかけてきた。
「な、なんですか?」
 突然のことに、声が上ずっているのが自分でも分かった。
「抽象的過ぎて、わかりにくいかな? まるで、パズルみたいだ」
「パズル?」
「そう、ジグソーパズル。君の文章はバラバラのパズルピースを、合いもしない場所に無理やりはめ込んで繋いでいるみたいだ」
 自覚はあった。文章があまり上手くないという自覚が。
 残酷だなぁ。と、私は思った。だからといって、こんなところで挫けてもいられない。それに、彼にがっかりされたくもない。
 それから1日かけて、完成させた。私のジグソーパズルを。

「――現れたピースを並べてキレイに当てはめても、まだ足りないんです」
 完成したと思ったそのジグソーパズルの前で、私はそう漏らした。
「この言葉の後に、足りないピースを繋げてほしいんです」
 昨日飲み干したはずのスカッシュの泡が、心の奥底から浮き上がってくるように感じていた。

「好きです」



 今度こそ完成したジグソーパズルの真ん中では、男女が2人、幸せそうに寄り添っていた。




 唐突感!
 あと、「好きです」が「隙です」に変換されて台無し感がすごいです。
 そして、どうでもいい話ですが、最初の文章にはバラバラの4文字が隠されています。
 話は変わりますが、Short Storyにあった『優しい季節』をチラシの裏の束へと移動しました。


――――2014/07/11 川柳えむ