グローリ・ワーカ   第21章:思い出を胸に

 意識が混濁する。まるで闇の中にいるような感覚に陥る。
 そうだ。あの時味わった感覚に似ている。……あの時って、なんだっけ――?
(おまえは、なんのために戦うんだ?)
 突然静寂を破って、誰かの声が頭の中に直接響いてきた。
 これは――、
「――ま、魔王……!」
(ほう……。私の声だとわかるのか。……しかし、それは錯覚かもしれないぞ?)
「え?」
 突然、暗闇の中にぼぅっと誰かが姿を現した。
「――私? ――いや、ミリア……!」
 それは、紛れもなくマニュアの――自分自身の姿だった。いや、1つになったはずのミリア、か。
 ミリアが静かに近寄ってきてマニュアの耳元で囁く。
「おまえが戦って何になるんだ。魔族のおまえが」
「……私は――……!」
「おまえは私。私は魔族だ。人間じゃない。なにを勘違いしているんだ」
「……でも……ッ!」
「私は魔族だ。どんなに人間のフリをしてとしても、魔族という事実は変えられない。所詮、魔族……」
「それでも……私は……!!」
 反論しようと必死に顔を上げてミリアを睨む。ミリアはぞっとするような笑顔を浮かべたまま言う。
「なんだ? 言ってみろ。人間の血が流れていない――ミリアよ」
「私は……人間の心を……。私は……!」
「魔族だ。完全な」
「……イヤ……だ……!」

 同じく、ティルの頭の中にも、魔王によって別の言葉が聴こえてきていた。
 1人きり闇の中にいるような感覚。そこへ、直接脳へ訴えるかのように、突然言葉が流れてくるのだ。
(なぜ戦う……? 私を――魔王を倒したところで、魔物と人間が共存できるわけではないのに……)
「……え……」
(魔王を倒すことで魔物が暴走し、更に関係が悪化するかもしれない。それなのに魔王を倒すというのか?)
「……そんな……!」
 思いもよらぬ言葉に絶望が浮かぶ。
(無駄なことをやっているのに、気付かないのか?)
「…………無駄……」
(そうだ。無駄だ)
「……意味のないことやってるの? 私……」
「そうだよ」
 誰かの声が聞こえた。
 振り返ると、そこには見覚えのある魔物の姿があった。
「ウィシュプーシュ……?」
 迷子になっているところを助け、そして、牢から出るのに助けてもらったあのウィシュプーシュだった。
「あなたがこんなところまでやって来なければ」
「え?」
「こんなところまでやって来なければ、俺は死なずに済んだのに」
 突然ウィシュプーシュの体が崩れ、肉や骨が剥き出しになった。
「――! キャアアアアァァ――ッ!!」
「人間は自分勝手だ。魔王を倒そうが倒すまいが、人間は魔物を殺すし、魔物は人間を襲うさ」
「あアァァっ……!!」

 それぞれに、それぞれ別の言葉が流れてきていた。
(なぜおまえが魔王を倒す必要がある……?)
「……う……!」
(天使の血が流れている者よ。天使にとってみれば、人間界や魔界がどうなろうと関係ないだろう? 見下ろしていられればなんでもいいんだろう?)
「俺は――!」
 天使と人間の血が混じったストームが言う。
「だって、俺は、人間だ! 天使の血が流れてるだけじゃねー!」
(しかし。関係なかっただろう? 魔王がいたところで、気にしてなかっただろう? おまえは、有名人にくっついていければよかっただけで、たまたまこの場に居合わせてしまっただけだろう?)
「う……」
(おまえがこんな大変な思いをする必要はないんだ)
「そういや、そうだった……。俺は……」
(気にすることはない。自分のことだけ考えていればよい)
「そうだ。……気にしてなかった……。人間界とか、どうでもよかった」
「そうだ。おまえは人間界のことなど考えなくてよい」
 聞き覚えのある声がした。その声の方を見ると、そこには思ったとおりの人物がいた。
「――じいちゃん!?」
 天使であるストームの祖父がそこにはいた。
「じいちゃん、なんでここに……!?」
「人間界のことなど考えんでよい。人間界になにか起きても、おまえはなんも悪くないさ。さぁ、家に帰っておいで。それとも、わしと一緒に天界へ行ってみるか?」
「じいちゃん!」
「な? ……帰ろう。ここで戦うのが、おまえの望みじゃないだろう」
「…………俺の……」

(おまえは、幼馴染を探していただけだろう?)
「本当に。巻き込まれただけよ」
 アリスが魔王の言葉にそう答える。
(ならば、いいではないか。魔王を倒す必要などない。幼馴染と2人で帰ればいい)
 その言葉に、アリスが顔を上げた。
「おあいにく様。私の幼馴染はそう簡単に一緒に帰ってくれないのよ」
 べーっと舌を出す。
(ふむ……。では、おまえだけ先に帰っているというのはどうだ? 幼馴染は見つかったんだ。待っていれば勝手に帰ってくるだろう)
「無理よ。だって、あの子、結構好奇心旺盛っていうか、おてんば? 待ってもきっとすぐには戻ってこないから。ていうか、実際今まで帰ってこなかったわけだし? 昔の家覚えてないのかもしれないから、ちゃんと送り届けないと」
(しかしだな)
 声のトーンが変わる。
(今帰っておかないと、おまえの命すらないぞ?)
「え……?」
(2人で生きて戻るなんて到底無理だ。せめて、どちらかの命だけでも、今なら助けてやろう)
「な、何を……」
 突然、幼い頃の姿のままのアルトが現れた。
「アルト……!?」
「アリちゃん……」
 アルトが近付いてこようとした瞬間。
 ドスッ!!
 アルトの胸元から、そして口から血が噴き出した。まるで後ろから誰かに刺されたかのようだ。
 がっくりと膝を着いて倒れ込むアルト。
「アリちゃん……助けて……。助けてよ……」
 ゆっくりと顔を上げて、血に塗れた手を伸ばす。
「あ、あぁ……」
 突然の出来事に力が入らず、アリスもその場に膝を着いた。
「昔、洪水に飲まれた時、助けてくれなかったよね……? 今度こそ、助けてよ……」
「ちが、違う……! 私は、洪水の時、助けようとした……! でも、どんなに手を伸ばしても、届かなかった……!」
「……じゃあ、今度は助けてよ。私を見捨てたんじゃないって言うなら、今すぐこんなことはやめて、助けて。じゃないと私――」
 ゴッ……!!
 今度は鈍い音がして、アルトは頭から血を流し始めた。顔が崩れていく。
「――私、死んじゃう」
「いやああぁぁ――――――――ッ!!!!」