神様の望んだセカイ   Chapter10:この世界は続いていく

「……………………」
 都は絶句していた。
 ――家が、ない……?
 家があったはずの場所に存在しているものは、ただの瓦礫の山だった。
 いったいなにが起こっているのか。理解するのを脳が拒否している。
 ――これは、夢?
「ねぇ……これは夢かしら? 家がないの……」
 懇願するように、都は京太を見つめた。
 しかし、京太にだってどうすることもできない。
 この惨状に、都は叫ぶことも泣くこともしなかった。ただただ、現実が飲み込めず、呆然としていた。

「もしかしたら、避難所にいるかもしれないし……」
 都はその可能性に一縷の望みを託して、そう呟いた。
 それを見て、京太は都の強さにただ感心していた。この強さで、今までいじめを耐え抜いてきたのだ。最後はあんなことになってしまったけれど。それでも、彼女は強い人だと、京太は思った。
「ところで、京太の家は?」
 気を取り直して、都は京太に尋ねた。
「あぁ、俺の家は――」
 ――あれ? 家?
 答えようとして、言葉に詰まる。
 ――家? 家は、家の場所は――。
 まっすぐ前を見つめたまま、京太は固まってしまった。
 様子がおかしい京太に気付き、都は話題を変えた。
「……とりあえず、避難所へ行きましょうか」

 2人は近くの避難所へと向かった。
 避難所になっている小学校の体育館へと入ると、都は端から家族を探し始める。
 物静かで優しい父に、厳しいけど温かい母。大好きな両親。大切な家族。
 いない。どこにもいない。――ねぇ、どこにいるの?
 都は避難所をくまなく探してみたが、結局両親を見つけることはできなかった。
 落胆する都に、京太はなんて声をかけたらいいのかわからない。
「とりあえず、また、今日も日が暮れてしまったし。休みましょうか」
 都は京太に力ない笑顔を向けた。
 体育館の端に場所を取り、硬い床へと腰を下ろした。震災当日には毛布などが配られていたそうだが、もうすべてなくなってしまっていた。
 座って、ただぼうっとしていたところ、隣に毛布を敷いて座っていた女の子が声を掛けてきた。
「ねぇ、お尻痛くないの?」
「……痛いわよ」
 都は冷たく、それだけ返した。
 女の子はそんな反応など気にせず、なおも話し掛けてくる。
「じゃあ、一緒に座りましょうよ。私も1人だし! 私は『横山 かんな(よこやま かんな)』っていうの。あなたは?」
「『新井 都』……」
 名乗られたので、とりあえず名乗り返すだけ名乗り返してみた。
 彼女はなぜこんなに元気なのだろう? 都はぐったりしながら、かんなと名乗った彼女のことを見ていた。
「都ちゃんね! 私、○○中学校の1年生なの。都ちゃんは?」
「私立の、△△中学校2年生……」
「へぇー。△△中学校なんだ? △△中学校ってどうなの? 勉強難しい??」
「別に……」
 マシンガンのように話し続けるかんな。
「都ちゃん! もっとこっち来なよ! 都ちゃんだって、1人なんでしょ? 私もね、両親がまだ見つかってないの。1人じゃ心細かったから、都ちゃんが隣来てくれてよかったって思って話し掛けたんだ」
 その言葉を聞いて、都の心は少し揺れ動いた。
 1人だというのに、彼女は気丈に振舞っている。彼女こそ強いと都は思った。
「…………でも、私は1人じゃなくて――」
「都ちゃんと友達になれてよかった!」
 早くもそんなことを言ってくれるかんなに対して、友達などあまりいなかった都は少し好意を抱いた。その言葉は、素直に嬉しく感じていた。
 そんな2人のやり取りを間近で見ていた京太だったが、なぜかそれを遠くから見ている感覚に陥っていた。
「京太、なんかごめんね」
 都が話し掛けてきて、京太ははっと我に返る。
 だめだ。このペースに押されていては、完全に自分の存在が忘れ去られてしまいそうだ。
 京太も自己紹介をしようと、声を出す。
「あの」
「ん? 都ちゃん、なに?」
「いや、あの」
 かんなはまるで京太など眼中にないかのようだ。男が嫌いだとか、もしかしたらなにかそういった事情があるのかもしれないが。しかし、完全に無視されるのは辛い。
「かんな」
 都がかんなの名を呼ぶ。
「なに?」
 にこにこしながら、かんなは都に答える。
 都は苦笑いを浮かべながら、言った。
「かんな、京太のことも――」
「……京太?」
 きょとんとした顔をして、かんなが繰り返した。
「あぁ、京太っていうのは、こっちの男子のことで――」
「誰のことを言っているの?」
「――…………え?」
 都は京太のほうを振り返った。そこには京太がいた、いたはずだった、先ほどまでは――。

「都!」
「修兄!」
 いなくなった都を追って、修也も都の地域の避難所へとやって来た。
「無事だったか!」
 都を見つけ、力いっぱい抱き締める。
 しかし、都にとって、今はそれどころではなかった。
「修兄! 京太が――京太がいないの!」
 修也の腕を振り解き、必死になって訴える。
 ずっと一緒にいたはずの彼がいない。ここまでやって来れたのは、きっと彼のおかげでもあるのに。
 都の様子を見て、修也は困った表情を浮かべて深く溜息を吐いた。
「あのな……」
 都の両肩をしっかりと掴み、まっすぐに彼女の目を見つめると、修也は意を決したようにはっきりと告げた。
「都。本当は、片井 京太なんて人間は初めから存在しないんだ」
「え………………?」
 彼女には昔からそういうところがあったことを、修也は知っていた。
 小さい頃にいじめられていたときも、彼女はもう1人架空の人物を作り上げ、いじめられている自分を遠巻きに見ているといった言動があった。
 心配した両親が連れて行った医者から告げられた病名は、解離性同一性障害――つまりは、いわゆる多重人格である。
 しかし、都自身はまったく気付いておらず、その当時現れていた人格もいじめが収まるのと同時に消えてしまった。そのため、彼女に告げることはせず、その当時はこれですべて終わったと思っていた。
「無理に伝えないほうがいいかと思って言えなかったんだ。ごめんな……」
 修也の謝罪の言葉など耳に入ってこない。そんな謝罪なんてどうでもいい。重要なのはそんなことじゃない。
 ――京太が、いない。
 その現実を、そのすべてを、唐突に理解してしまった都は、避難所を飛び出した。
「都ちゃん!」
「都!」

 走り続けて、家のあった場所までやって来たところで、都はようやく叫ぶように泣き出した。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」
 その声を聞いて、心配そうに寄ってくる人たちもいたが、そんなことは気にせずに都は泣き叫び続けた。

 涙が枯れ果てるくらい、ひとしきり泣いたところで都はぐしゃぐしゃになった顔を上げた。
 空には丸い月が浮かんでいて、彼女を静かに照らしている。

「ただ、今あるこの現実を、まっすぐ前を向いて歩かないと。現実に目を向けないと」
「あなたにとってはあなたの世界かもしれないけど。私にとっては私の世界だわ。だから、もしあなたが死んでしまっても、私の世界は続いていく。それだけのことなのよ」

 そう言ったのは、紛れもなく都自身だ。
 世界は終わらない。京太がいなくても、この世界は続いていく。その現実を受け止め、前を向いて歩いていかないと。
「ねぇ、京太……。私も神様になれるかしら?」
 彼女自身の世界の神様に。望んで、前を向いて歩いていけば、きっと叶えられる彼女の世界を作るために。
 前を向いていればいつかきっと、そこへ幸せは訪れると信じて――。