神様の望んだセカイ After Chapter:前を向いて歩いた未来
カラン……。
小さな音を鳴らして扉が開いた。
シンプルで清潔感のある喫茶店。入ってきた女性はくるりと中を見回すと、1つのテーブルへまっすぐ歩いていく。
「久しぶりね。待たせたかしら」
そう言いながら、席へと腰かけた。
向かいには1人の男性が座っている。
「待ってないよ」
男性は微笑んで答えた。
「何年ぶりかしらね」
頼んだコーヒーをすすりながら、他愛ない会話を始める。
「何年だろう? ずいぶん経ったよね」
男性は黒い水面に映る自分の顔を見つめながら言った。
「……まさかそんな大変な目に遭ってるなんて、思いもしなかったよ」
短い静寂が訪れる。
少しして、女性が口を開いた。
「…………そうね。大変だった。震災が起きて、それから――」
どこか遠くを見つめている。
なんとなくの噂は聞いていたし、連絡を取ったとき、すでにある程度の近況は聞いていた。男性は静かに次の言葉を待つ。
「――今は、修兄のツテでなんとか働き始めて、ようやく少しずつ慣れてきたところかしら」
コーヒーを一口すすり、女性は続けた。
「……私ね、どうやらずっとあなたと一緒にいたかったみたいなの」
「……俺と……?」
突然の言葉に、男は驚いて女性を見る。
女性はどこか遠いところを見ながら、昔を懐かしむように微笑んでいる。
「あなたがいなくなっても、私の傍にはずっとあなたがいた。それは、近所の子だったり、憧れの先輩だったり、単なるクラスメートだったり…………全然違う立ち位置で、いつでもいてくれた。でも、それはすべて幼い私の空想だった。現実にはいないあなたをイメージして、ずっと傍にあなたという存在を置いていた」
……そこまで――
さすがにそういったことはなかったものの、男性だって、ずっと女性に会いたかった。
小さい頃、男性は女性と遊んでいるときに片足が動かなくなるほどの大怪我を負ってしまった。怒り狂った身内によって、男性はこの地を離れることになった。決して女性が悪いわけではない。しかし、連絡を取ることも許されなかった。そうして、女性との連絡を1番反対していた男性の祖母が亡くなるまで、女性と連絡を取ることは1度もなかった。
大震災がこの辺りを直撃したと聞いたときは、気が気ではなかった。彼女は無事だろうか? 早く連絡を取りたい。会いたいと思っていた。ようやく、それが許されたのだ。
「大丈夫だよ」
男性は女性の目をまっすぐに見て、笑って言った。
「きっと、今まで君の傍にいた俺の存在も、傍にいたいと思った俺の気持ち」
女性の手を、男性の大きな手が優しく包んだ。
「それに、これからは傍にいる。君に今までなにがあったって、変わらないよ」
コーヒーを飲み終わり、席を立つ。
「大丈夫?」
男性の足を気遣って女性が尋ねる。
「大丈夫。もうこの足にも慣れてる。さてと――」
外は良い天気で青空が広がっている。何年も昔、震災に遭った町は、すべてが元通りになったわけではないが、確実に復興しつつある。この町も、前を向いて歩んでいる。
開いた扉を背に、男性は手を差し伸べた。
「行こう。みやちゃん――都」
「えぇ。ケイタ」
光り輝く世界へ、今1歩踏み出して――扉が優しく音を立てて2人の背中を見送った。
カラン……。
小さな音を鳴らして扉が開いた。
シンプルで清潔感のある喫茶店。入ってきた女性はくるりと中を見回すと、1つのテーブルへまっすぐ歩いていく。
「久しぶりね。待たせたかしら」
そう言いながら、席へと腰かけた。
向かいには1人の男性が座っている。
「待ってないよ」
男性は微笑んで答えた。
「何年ぶりかしらね」
頼んだコーヒーをすすりながら、他愛ない会話を始める。
「何年だろう? ずいぶん経ったよね」
男性は黒い水面に映る自分の顔を見つめながら言った。
「……まさかそんな大変な目に遭ってるなんて、思いもしなかったよ」
短い静寂が訪れる。
少しして、女性が口を開いた。
「…………そうね。大変だった。震災が起きて、それから――」
どこか遠くを見つめている。
なんとなくの噂は聞いていたし、連絡を取ったとき、すでにある程度の近況は聞いていた。男性は静かに次の言葉を待つ。
「――今は、修兄のツテでなんとか働き始めて、ようやく少しずつ慣れてきたところかしら」
コーヒーを一口すすり、女性は続けた。
「……私ね、どうやらずっとあなたと一緒にいたかったみたいなの」
「……俺と……?」
突然の言葉に、男は驚いて女性を見る。
女性はどこか遠いところを見ながら、昔を懐かしむように微笑んでいる。
「あなたがいなくなっても、私の傍にはずっとあなたがいた。それは、近所の子だったり、憧れの先輩だったり、単なるクラスメートだったり…………全然違う立ち位置で、いつでもいてくれた。でも、それはすべて幼い私の空想だった。現実にはいないあなたをイメージして、ずっと傍にあなたという存在を置いていた」
……そこまで――
さすがにそういったことはなかったものの、男性だって、ずっと女性に会いたかった。
小さい頃、男性は女性と遊んでいるときに片足が動かなくなるほどの大怪我を負ってしまった。怒り狂った身内によって、男性はこの地を離れることになった。決して女性が悪いわけではない。しかし、連絡を取ることも許されなかった。そうして、女性との連絡を1番反対していた男性の祖母が亡くなるまで、女性と連絡を取ることは1度もなかった。
大震災がこの辺りを直撃したと聞いたときは、気が気ではなかった。彼女は無事だろうか? 早く連絡を取りたい。会いたいと思っていた。ようやく、それが許されたのだ。
「大丈夫だよ」
男性は女性の目をまっすぐに見て、笑って言った。
「きっと、今まで君の傍にいた俺の存在も、傍にいたいと思った俺の気持ち」
女性の手を、男性の大きな手が優しく包んだ。
「それに、これからは傍にいる。君に今までなにがあったって、変わらないよ」
コーヒーを飲み終わり、席を立つ。
「大丈夫?」
男性の足を気遣って女性が尋ねる。
「大丈夫。もうこの足にも慣れてる。さてと――」
外は良い天気で青空が広がっている。何年も昔、震災に遭った町は、すべてが元通りになったわけではないが、確実に復興しつつある。この町も、前を向いて歩んでいる。
開いた扉を背に、男性は手を差し伸べた。
「行こう。みやちゃん――都」
「えぇ。ケイタ」
光り輝く世界へ、今1歩踏み出して――扉が優しく音を立てて2人の背中を見送った。