僕の生存日記   第11話:ハート・クリーンロッカー

「あ、あの。あ、それ。それ、なに読んでるの?」
 何を喋ればいいのか分からず、僕はまず取っ掛かりに黒井さんの読んでいる本について尋ねた。
「あ、こ、これですか〜? これはですね、昔実際にあった事件をモデルに作られたお話で、ある町を舞台に、広がっていく怪奇現象を――」
 久々に見るなぁ、こんな饒舌な黒井さん。うん、正直、詳しく聴きたくない話だったかもしれないな。今夜夢に見そうだよ。
 しかし、本題に入れていない。
「それは、なかなか怖そうな話だねぇ……。ところでさ、黒井さん……」
 僕は意を決して、話を変えた。
「あの……この間は、ごめん」
「え、え、あ……」
「黒井さんに変なことしちゃって……あの時のことは、忘れて!」
 僕は両手を合わせて頭を下げた。
 本当に忘れてほしい、あの時――妙なこと言ったり、だ、抱き寄せたりしたこと!(第8話参照)あの時は正気じゃなかったわけだけど、でも記憶ははっきりとしているので死ぬほど恥ずかしい。
「あ、あの、あの……川野辺くん」
「は、は、はい!?」
 黒井さんに名前を呼ばれて、僕は思わず声が裏返ってしまった。
「な、なに?」
「あの、あの時……川野辺くん…………」
「え?」
 沈黙が続いた。静かな教室に、遠くからセミの声だけが聞こえてくる。
「――す――……………………――……や、やっぱり、なんでもない、です!」
「え、え、えぇ!?」
「そ、そんなことより、合宿! ど、どこになるんでしょうね! 楽しみですね!」
「え、あ、そうだね!」
 突然そんなことをまくし立てる黒井さん。な、なに、どうしたんだろう!?
 というか、一体僕になにを言おうとしたんだろう?
 あの時、あの時って――……だから、あんまり思い出したくないんだよなぁ……。
 しかし、黒井さんもなんか緊張してる感じがして――それは、もしかしたら、僕と久しぶりにまともな会話をしているからかもしれないけど(さすがにそれは考えすぎ?)――僕にまでそれが伝染してきて、なんだかテンパってしまう。
「み、みんなで一緒に出かけるのって、楽しいよね!」
「そ、そうですね! この間の遊園地も、楽しかったですし!」
「え、本当?」
 思わず素で返す。
 遊園地のことは、最後あんなことになってしまって、嫌な思いをさせたんじゃないかと思っていたから。
「もちろん。楽しかったですよ」
 黒井さんは改めてそう言うと、笑顔を浮かべた。
 その笑顔がまたかわいくて、僕は――
「僕は、黒井さんのこと、す――……!」

「――……ってくれよ……!」
「――……っ!!」
「………………を……るんだ……」
「……………………り……すよ……」

 ドキ――――ンッ!!!!

 冗談抜きで心臓が10cmは飛び上がった気がする。
 扉の向こうから話し声が聞こえる。ていうか、こっちに向かってきてる。
 や、やばい、この状況で、誰か来る!? 戻ってくる!!!

「く、黒井さん! こっち!!!!」
「ふ、ふぇっ!!!!????」

 黒井さんの手を引いて、僕は思わず隠れていた。